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北角裕樹の大学は?年齢やプロフィールまとめ!経歴が異色すぎる!

ミャンマー在住のフリージャーナリスト北角裕樹さんが、治安当局に連行されたというニュースがはいってきました。

拘束は今回が2度目の北角裕樹さんですが、安否が気になるところですね。

そんな自身の身の危険を犯してまで、海外で活動している北角裕樹さんとはどんな方なのでしょうか。

今回は『北角裕樹の大学は?年齢やプロフィールまとめ!経歴が異色すぎる!』と題して、調べてみました。

この記事の内容

  • 北角裕樹の大学は?
  • 北角裕樹の年齢やプロフィールまとめ!
  • 北角裕樹の経歴が異色すぎる!

以上の内容で進めていきます、早速ご覧ください!

北角裕樹の大学は?

北角裕樹さんは早稲田大学を卒業しています。

現在のところ、学部などの詳しい情報はわかりませんが、ジャーナリストとしての活動などから考えると『政治経済学部』だった可能性は高いかもしれません。

早稲田大学の偏差値は62.5〜70.0ですが、中でも政治経済学部は70.0なので、もし政治経済学部出身だとしたら、かなり優秀な方だということがわかりますよね。

北角裕樹の年齢やプロフィールまとめ!

北角裕樹さんの年齢は、45歳(2021年4月現在)のようです!

次にプロフィールをまとめてみました!

  • 名前:北角裕樹(きたずみ ゆうき)
  • 生年月日:1975年生まれ
  • 出身地:東京都
  • 趣味:ヤンゴンの街を歩き、新しい店を発見する

プライベートなことに関してはあまり情報がありませんでした。

おそらく結婚はされていないのではないでしょうか。

年齢的には、結婚されていてお子さんがいてもおかしくないですが、ミャンマーに在住でフリーのジャーナリストとして、自身の身の安全を犯してまで活動されている様子をみる限りでは、独身の可能性が高そうです。

北角裕樹の経歴が異色すぎる!

北角裕樹さんは異色の経歴の持ち主ということで、まとめてみました。

大学卒業後は伊藤忠商事に入社しています。

約2年間勤務したのち、退職しています。

退職理由はわかっていませんが、もっと経済などに関わる仕事がしたかったのでしょうか。

その後、日本経済新聞の社会部・消費産業部・アジア部などで12年間の記者生活を送っています。

そして、次に大阪市立巽中学校で民間人校長として働いていました。

2012年8月に大阪市で私立中学校校長の公募があり、900名以上の応募者の中から11名に選ばれ校長に就任しています。

しかし、教員や保護者との人間関係の構築がうまくいかず、『学校の運営能力が足りない』ということで、更迭され退職に至っています。

2014年にミャンマーに拠点を移し、現地情報誌『ミャンマージャポン』統括編集長に就任。

2016年には独立して、現地ヤンゴンで編集プロダクションを運営しているようです。

ライターとしての仕事以外に、映像作家として、コメディやドキュメンタリーの撮影、広報アニメの制作もしているようです。

映像作家としての監督作品短編コメディ『一杯のモヒンガー』は、ニューヨーク映画賞入賞、新人監督映画祭(東京)入選を果たしています。

また、俳優として北角裕樹さんご自身がミャンマーの映画に出ることもあるそうです。

その他にも、雑誌などの編集やパブリック・リレーションズ(PR)についてのアドバイザリー業務、市場調査、イベントの運営などを依頼されることもあったりと、活動の幅はかなり広いようです。

引用:海外書き人クラブ

これは俳優として、出演された際の写真のようです。

色々なことにチャレンジされる方のようですね。

行動力とチャレンジ精神がなければ、ミャンマーに移り住んでフリーのジャーナリストとして活動などできませんよね。

本当に異色の経歴と言えますね!

まとめ

今回は『北角裕樹の大学は?年齢やプロフィールまとめ!経歴が異色すぎる!』ということでまとめてみました。

北角裕樹さんの出身大学は早稲田大学ということで、優秀な方だということがわかりました。

日本経済新聞での記者経験などを考えると、学部は政治経済学部だったのではないかと推測されます。

年齢は45歳(2021年4月現在)ということでした。

東京都出身で、結婚はおそらくされていないのではないかと思います。

北角裕樹さんの経歴は、『伊藤忠商事→日本経済新聞記者→大阪市立巽中学校校長→統括編集長→編集プロダクション起業』とかなり異色なものでした。

北角裕樹さんの安否が気になりますが、どうか無事であることを祈りたいですね!